「成果=量×質」英語はやればやるだけうまくなる。

 商業的な英会話教室や英語テキストのせいか、英語に対する楽観的な見方が大分広がってきたように思います。電車の中吊り広告、書店に平積みにされた甘い言葉の数々を見れば、英語に対してそんな認識を持つのも無理はありません。

 しかし、どんなにいい先生や教材があろうが、今私たちが目の前にしているのは「別の言語」です。ましてや、日本語とほとんど何の共通点も無いような英語を学ぼうとしているのであれば、英語学習についてそれほど楽観的な見方ばかりしている場合ではありません。

 

「英語の上達には努力を長期間続けることが不可欠である」

 これが、今回お話しする「英語を正しく認識する」の核になるメッセージです。

 

目標と努力を釣り合わせる

 

 しかし、ここで言いたい事は、際限なくひたすら英語の勉強に打ち込まなければならないということではありません。あくまで、目標と努力を釣り合わせなければならないということです。

 

「英語はペラペラになりたいけれど、1日に30分しか勉強できません」

 これはあまりに極端な例かもしれませんが、要はこういうことです。英語がペラペラになりたいというめちゃくちゃ高い目標に、30分という勉強時間が明らかに見合っていないのです。

 

 英語を上達させるのに、一体どれくらいの努力が必要なのかというのは、とにかく現実的な視点から考えなければなりません。

 英語というのは、勉強した時間と成果がしっかりと比例します。30分なら30分なりの、5時間なら5時間なりの結果が出るものです。

 

過度な期待は落胆の原因

 

 「英語=手軽」という考え方は、過度な期待を生み、それは英語学習を挫折させる障害になりかねません。なぜなら、実際に英語を勉強してみると、想像していた以上にうまくいかないことの連続に気がつくからです。

 英語学習の成果を非現実的なまでに求めてしまうということは、その期待が遅かれ早かれ裏切られることを意味します。その期待が裏切られるというのは、具体的には、1週間でできると思っていたものが、1ヶ月経っても1年経ってもできるようにならないというようなことです。

 自分が予想していた結果がでないことが、ここまで連続してしまうと、モチベーションを維持するのは非常に難しくなります。だから、英語に対する楽観的な認識、過度な期待は命取りになります。

 

英語は努力が報われる学問

 

 ここまで、英語の成果に大しては楽天的な見方をするべきではないということばかりをお話してきましたが、英語は努力が報われる学問であることも事実です。英語に天性の才能なんかは一切必要はありません。努力すればできるようになるし、努力しなければできないまま、それくらいシンプルなものです。

 これは私が実際に、英語が全く出来ない時期を長く過ごしてきたからこそ、身にしみて思う事でもあります。英語ができなかった当時と、英語がそれなりにできる今、違うことといえば「英語に費やした時間」くらいです。

 正しい方向に努力をつづけさえすれば、必ず身につけることができる、英語はいわば成果の保証のある学問だと私は思っています。だからこそ、英語を勉強するということに対する正しい認識を持ち、英語学習に対して真摯に向き合う姿勢が大事になってくるのです。